松本圭二/戦争まで(抄)

1 四月一八日、金曜日

私は■■市の■■■局に勤める下っ端役人だが、何の因果か、ペルシャ湾あたりでアメリカがやっている戦争からお呼びがかかった。人事の方から内示があったらしく、タコ課長からそれをこっそり告げられた。候補者のリストに挙がっているということだった。まったく予期していなかったわけではない。ひょっとしたらという不安、というか期待を抱えながらここ数日を過ごしていた。おそらく■■市の男性職員はみんなそうだっただろう。ただし、こんなに早く内示が出るとは考えていなかった。
「まだどうなるかわからんが、ひょっとしたら行ってもらう事になるかも知れん」とタコ課長は言った。あんまり詳しい中身はタコも知らないようだ。
なんか出張命令みたいだと思った。それは例えば大雨増水時に緊急呼び出しをくらって土嚢造りをさせられるとか、■■■■■■の応援に自費での参加を求められるといった事とだいたい感覚的には同じだった。戦争に行くと言っても戦うのは軍人さんたち(いや、日本の軍人さんたちは戦いもしないはずだ)で、自分らは後方(イメージ的には後方の後方の後方)でお手伝いをすればいいだけ、ということになるはずだ。消防隊員でもあるまいし、それ以上のことが行政職員にできるはずがない。
何をするのか知らないが、役所の仕事よりはオモロイかもしれない。危険手当みたいなものも出るらしい。しかも海外に行ける。
というわけで、事務処置ばかりの毎日に退屈している独身男性などは、結構乗り気になるんじゃないか。私は結婚していて子供が二人いたので、日課として子供らを保育園に送って行ったりお風呂に入れたりしなくてはならなかったので、ちょっと迷った。妻に相談してみたら、「まあこればかりはしょうがないかもね」という感じだった。
「たまには何かの役に立っておかないとね。いつもなまけてるんだから。で、他の人はどうなの?」
「うちの職場では村田、佐々木あたりだったかな。候補になってるのは」
「二人ともたしか独身じゃん。で、倉内さんは?」
「あの人はキャリアだから対象外、たぶん」
「なるほどね。はっきりしてるよね、役所って」
「そう言うなよ」
「でもさ、なんだか戦力外って言われているような気がしない?」
「そうかな」
「そうよ」
「でも戦争に行くんだから何かの戦力だろ?」
「歩みたいなもんよ、歩」
いてもいなくても同じか。そうかもな。キャリア組と専門職と女性職員だけで役所の仕事なんて賄えるのかも知れない。でも人事はさすがにそこまで露骨には言っていない。戦争勤務は一応交代制になっていて、長くて三ヵ月ということだった。
「研修もしないでいきなり?」
「いや研修はするんじゃないか、たぶん向こうで」
「それって兵隊さんの教練みたいなやつ?」
「違うだろ。ボランティアのイロハみたいなもんだよ、きっと」
「でもボランティアじゃないんでしょ?」
「やらされるのはボランティアみたいなことだと思うよ。他に何ができる?」
「まあね。でもさ、研修したってそんなにすぐに戦力になれるのかしら。結局は足手纏いになるだけなんじゃないの?」
「ボランティアにもいろいろあるからね。ゴミ拾いとか掃除だって立派なボランティアだよ。たぶんそんなもんだと思うよ俺らのすることも」
「でもわからないわよ。いきなり前線行きだったりして」
「それはないよ。憲法違反だよ」
「でもあなた自衛隊員じゃないでしょ。自衛隊だったら憲法違反かも知れないけど……」
「市の職員ならOK? そんなアホな」

戦争が始まった。アメリカとアラブの戦争だ。
国連決議をパスしているので、この戦争は一応OKということだった。
同盟国の日本も参加しなければならない。
でも平和憲法があるので日本の自衛隊は何もできなかった。
何もできないけれど、後方支援という名目で軍人さんたちを送り込んだ。
何もできない軍人さんたちは、後方の後方の海上で待機させられているだけだった。アラビア海にちょっと入った辺りだとTVは言っていた。ほとんどインド洋だ。何をしているのかさっぱりわからない。
民間のボランティア組織の方がずっと強かった。彼らは平気で戦場に出かけて行って、医療だの食料だの、立派な国際貢献を果たしていた。
■■■とかいう連中たちだ。
ボランティア連中の態度が日増しにデカくなっていった。その代表たちはすっかりいい気になって、日本政府の腰砕けぶりをアジっていた。ちょっと手に負えない感じになってきた。自分らこそが日本の立場を支えてやっているのだという調子で、TVとかで独善的に振る舞った。
■■連よりもタチが悪い。
今や日本はボランティアに支配されているかのようだった。
これではあかん、とタカ派の連中が騒ぎ始めた。それをスポーツ新聞やワイドショーが面白おかしく取り上げた。すると世論が少しざわつき始めた。
ここぞとばかりに改憲派の連中が色めき立ったが、世論のざわつきはそこまで寛容ではなかった。結局は今の憲法のままでも自衛隊にもうちょっと頑張ってもらえるのではないか、という意見が主流になっていくのだが、「その根拠は?」と問われると穴ボコだらけで、どうも胡散臭い感じがする。
そこでガツンと革命的な提案を打ち出したのは、東京湾カジノ計画で日本中の首長から総スカンを喰らっていた都知事シンタローである。
シンタローの理屈は単純明快だった。「民間」の「ボランティア」に頭が上がらない、というのが問題なのだから、それを「公務員」の「仕事」としてさせればいい、というわけだ。戦争参加=平和活動のラインで国民の理解が得られるなら、公僕こそがそれを担うべきであると。なるほど公務員なんて日本全国で腐るほど飼われているのだ。
シンタローのこの爆弾発言を、世論は大歓迎した。
公務員なんてのは、普段からだいたい危機感というか緊張感を欠いた存在であり、仕事に対する熱意や責任感も希薄である、というのが世間一般の理解であったから、国民の多くは(つまり公務員以外は)誰も文句は言わなかった。あの無能な税金ドロボーどもを戦争に送り込め、戦場で鍛え直せ、というわけである。そもそも戦後日本に兵役という制度がまったく無かったのが間違いであって、せめて公務員ぐらいは兵役の義務を課すべきだったのではないか、なんていう意見まで自民党の議員から出た。
世論は盛り上がったが、シンタロー発言に煽動されるまま国が動くということはなかった。「じゃあ都議会で」という話も出たが、自治体が勝手にそんな条例を作れるとは本当は誰も思っていなかった。
シンタローだって、ちょっと言ってみただけなのかも知れない。実際、都議会では条例案の提出にさえ至らなかった。いざとなると多くの議員が、官僚に気兼ねしたのか、消極的になるのだった。
ところがシンタローが構想した「自治体職員の有事における海外平和活動に関する条例案」なるものに、すっかりその気になって同調する動きを見せていた自治体がある。それは都道府県ではなく、多くの地方都市だ。 もともと市の職員は災害時の復旧活動などに駆出されていたのだ。それは自衛隊に出動依頼するより遥かに簡単な手続きで行われていた。中心になっているのは消防職員だが、普通の、区役所なんかに勤めている一般行政職員も実は多く緊急出動させられている。その延長線上に戦争参加=平和維持活動なるものが置かれたとしても、■■■■■■■■■■■■■■。と■■■■■■■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■となるだろう。シンタロー案は、やはりどう考えても都道府県職員の仕事にはなり得なかっただろうし、消防職員ではそのコンセプトに反する。これは市の行政職員の仕事だ。
地方自治体のそうした動きに、多くの国会議員たちが支持を表明した。世論の後押しもあったので、与党のみならず野党からも積極的な支持が出ていた。だんだん国を挙げて支援するという雰囲気になって来た。
問題は、じゃあどこの市にその任務を担ってもらうかである。ど多くの地方自治体が財政赤字に喘いでいた。この戦争参加には政府からの大きな補助金が見込めるだろう。だから放っておけば日本中の都市が手を挙げかねない状況だった。
それで政府は立候補を■■■■■■に限定した。■■市が最終的に指名されたのは、■■県には特殊な事情があったからだ。つまり県内に■■■■■■■■■を持っているという。もう一つは■■■市であるが、ここには大きな空港がなかった。■■市は「■■■■■■■」ということで国際都市を売り物にしていたし、国際空港も持っていた。■■■■■■■■■■■しようという動きもあった。■■市がこの革命的な任務を負う、というのはおおよそ順当に思われた。政府からの指名を受け、■■市議会は大急ぎで今回の条例案を可決したのだった。